探訪・瀬戸しぐさ

瀬戸内地方で受け継がれてきた雅で美しいマナー「瀬戸しぐさ」を紹介します

コンビニでの瀬戸しぐさを学ぶ

 いまや日本人の生活に無くてはならないコンビニエンス・ストア(コンビニ)。24時間営業で、おにぎり、お弁当、飲料、お酒、日用品、文房具、雑誌などを生活必需品を買うことができます。さらには、チケットの発券、公共料金などの支払い、ATMなどにも利用できます。

 

 このコンビニが瀬戸内地方発祥だということはあまり知られていません。今回は、瀬戸内地方で連綿と受け継がれてきたコンビニでの伝統的なマナーを学びましょう。

 

コンビニは瀬戸内発祥

 現在、日本で大規模チェーンを展開している「コンビニ」とはアメリカで生まれたものだと言われています。しかしこれは俗説にすぎません。実は、コンビニの源流は日本の瀬戸内地方にあったのです。

 瀬戸内海では古代から沿岸漁業が盛んでした。漁師たちは朝早くから舟を出します。盛漁期には船上で握り飯などの昼食を取ることもありました。このようなとき、すでに家庭を持つ壮年の漁師は奥さんに早朝から昼食を用意してもらい、それを舟に持ち込むのですが、若い単身の漁師はそのようなことができませんでした。そのため、漁村の浜には若い漁師のために握り飯や冷やした茶などを早朝から売る売店が出ました。またこの売店は、漁から帰った男たちに酒やタバコを売ることもありました。そうです、「早朝から深夜まで、握り飯や酒をいつでも売っているお店」というコンビニの基本形態はこのとき生まれました。

 

 しかしコンビニの発祥にはもうひとつの言い伝えがあります。鎌倉時代、上方のとある有名な寺院で修行していたひとりの尼が、寺院周囲の貧民を訪れては、握り飯や、鶏肉を揚げたもの(現代の「唐揚げ」に近いものだったと言われています)を施していました。彼女は貧しい人々を愛し、かれらもまた無名の尼を愛するようになりました。尼は食べ物を配るだけでなく、寺院を訪れる貧しい信者たちの相談にいつでも応じ、そのたびに的確なアドバイスや慰めのことばを与えていました。ひとびとはいつしか、この尼のことを「今便尼(こんべんに)」と呼んで深く慕うようになりました。今便尼とは、「今すぐ」、「便利な(役に立つ、ありがたい)」救いの智慧を授けてくださる尼僧という意味です。今便尼が修行する寺院の周囲には、いつしか参拝者のために握り飯や乾燥麺を売る売店が立ち並び、これらの売店自体が「今便尼」とも呼ばれるようになりました。

 瀬戸内のどの漁村にもある無名の「早朝から深夜まで」の売店と、上方の「今便尼」型の売店はいつしか混同されるようになりました。そのため、瀬戸内地方では、寺院の周囲にある売店も、漁村の売店もひとしく「今便尼」と呼ぶようになりました。

 

「今便尼」の思想をアメリカに持ち帰ったJ. ルース

 「今便尼」は、瀬戸内や上方のひとびとの生活に深く根ざしたものでした。そこには、無名の尼のやさしき心情と、漁村の活気の両方が混じり合った、独特の好ましい雰囲気がありました。

 この今便尼の存在をアメリカに紹介したのが、明治初年に瀬戸内地方を旅行したJ. ルースです。ルースは瀬戸内地方のどの村や町にもかならず存在する今便尼の存在に深く感銘を受けたようです。民衆がお互いの距離感を大切にしながら、マナーを守って買い物をしている様子を旅行記に書き留めました。かれは帰米後、『東洋の波間に浮かぶ真珠たち』という題で瀬戸内旅行記を出版しました。本書は当時、そのエキゾチックな雰囲気が好まれて当時としては異例のベストセラーとなりました。

 本書でルースは「今便尼」売店のことをthe Convenneと表記しているのですが、その「早朝から深夜まで」「食料品をはじめ、生活に必要な品をなんでも売っている」便利なお店という特徴に着目して、アメリカ最初のconvenience storeが着想されたと言われています。今便尼はアメリカの都市生活スタイルにも合っていたのでしょう。

 

 こうして「今便尼」はルースを介してアメリカに渡ることになりました。「コンビニ」の源流は上方の名もなき尼僧と、瀬戸内の漁村文化にあったのです。

 ところが… 日本ではオリジナルの今便尼はほとんど見ることができません。明治初期に起こった(つまりルースの帰国直後でした)第一次瀬戸っ子大虐殺と、第二次大戦後にGHQの指令で行われた第二次瀬戸っ子大虐殺により、オリジナルの今便尼の存在は歴史の闇に葬り去られてしまったのです。その後、アメリカ資本が日本に「コンビニエンスストア」を改めてチェーン展開することとなりました。まさに悲劇の歴史です。

 

現代コンビニでの瀬戸しぐさを学ぼう

 コンビニの隠された歴史を学びました。つぎに、瀬戸内地方で連綿と受け継がれてきた「今便尼」でのマナーを学びましょう。「瀬戸しぐさ研究所」が公認しているコンビニでの「瀬戸しぐさ」には、次のようなものがあります。

 

▼見ず本そろえ

雑誌コーナーに置かれている本は、立ち読み後、かならず元の位置に戻しましょう。次に立ち読みする人のためです。さらに、自分が立ち読みしていなくても、雑誌コーナーを通りがかったときに雑誌の位置がずれていることに気づいたなら、店員さんへの感謝をこめて、通りすがりに片手でそっと本の位置を戻します。このとき、店員さんや他のお客に気づかれないよう、できるだけさりげなく本の位置を整えることが大切です。これが「見ず本そろえ」と呼ばれる瀬戸しぐさです。

 

▼厠借り

コンビニのトイレはあくまでお客と従業員のために設置されているものです。コンビニは公衆トイレではありません。しかし町を歩いているとき、突然の尿意・便意に襲われることがあることも確かです。そんなときコンビニのトイレを借りるためにはどうすればよいのでしょうか?

まず、いますぐ用を足したいといった雰囲気を醸し出して店内に駆け込むのはNG。見た目が美しくないばかりか、コンビニを公衆トイレとしか見ていないと店員さんに思わせてしまいます。

そこで、あくまで普通に買い物を行うしぐさで店内に入り、商品を探して店内を一周あるいは二周してから、おもむろに店員さんに「すみません、手に汗をかきすぎてしまったので手を洗いたいのですが」と聞きます。瀬戸しぐさに精通している店員さんであれば、あなたの状況を察して笑顔でお手洗いの場所を示してくれるでしょう。無事に用を足したあとは、特に買いたいものがなくても、缶コーヒーやハンカチなどの商品をあたかも最初から買いたかったかのように購入するのが良いでしょう。さらに、レシートを受け取った直後に「たいへん清潔なお手洗いで」「ほどよいウォシュレットの水圧でした」「トイレットペーパーの手触りがさすがです」など、控えめにお礼を言い添えて去りましょう。

 

▼車避け

コンビニで買い物をしている最中、高齢者が運転するプリウスがコンビニのガラス窓に突入してくることがあります。このような事件に遭遇したときも、慌てず騒がず対応しましょう。ただ雅なだけではない、ときに海の男のごとき冷静沈着を見せるのが「瀬戸しぐさ」の真髄です。プリウス突入直後は店員や他の客の救護にあたり、また突入した高齢者自身の容態も気遣います。その上で、余裕があれば、あたかもプリウスなど突入しなかったかのように平然とコーヒーなどを買い求め、事故対応にあたる警察官や呆然としている店員さんに振る舞うのが良いでしょう。間違っても現場状況を動画撮影してネットに上げるなどしてはなりません。

 

コンビニでの代表的な「瀬戸しぐさ」は以上です。今日から実践できるものばかりですね。ぜひあなたもこの瀬戸しぐさを身に着けて、美しい西日本をみんなで作り上げましょう。